人生のチート(占いの結果)
前回からの続き
−占いの館へ
西洋的なロジカルで合理的な判断をアルゴリズムによる解とするならば、東洋的、神秘主義的な判断をアルゴリズム外の行動と捉えても良いのではないかと考えて、手相を占ってもらう事に。
手相と算命学で占ってもらった結果
まずは手相の結果から。
・基本的性格
常識がある。
1人で仕事をするのが向いている性格。
とにかく優しすぎる。
メンタルが弱いのが弱点。ガラスのハート。男性とは思えないくらい繊細すぎる。
→今休職している間の時間を使って精神を鍛えるべし。
「アピール線」がないため、お世辞を言えない。嘘をつけない正直者。世渡りが下手。
長男の運命から逃れられない。
生命線の下に旅行線があるため、転勤が多い仕事や遠い地の方が活躍できる。
→確かに毎年旅行に行ったり何処かに行っているし海外事業に興味がある。
頭脳線の下り具合を見ると、文系、しかし理系も行ける。
ITには文系が必要と思われるから今のITの仕事に臆することはない。
・人生
25歳の頃に大きな決断をしている。
→確かに、就職、結婚や双極性障害診断もこの時期に集中している。
そこから私の人生は二つに分岐していて、一方の選択は35歳くらいで死ぬ。
もう一方は80歳くらいまで太く生きる人生を送る。
生命線を見るとだいたい80歳くらいまでは生きる。しかしメンタルを鍛えないと。
35歳ごろから55歳まで仕事で一直線。
その後、老後も社会と強く関わる。社会貢献か趣味とか?
・仕事について
私は、理想とする未来の世界の姿があって、それが今のままでは自分の生きているうちに到達することができないと悟り、それであれば、世界の経済活動を加速させる事でいち早く未来を現実のものにするために今のITの仕事に就いた。しかし今は文章を書く仕事をした方が向いているんではないかと転職も悩んでいると話した。
これは手相というより直接のアドバイスだったが、未来のヴィジョンを外部に発信したほうがいいとのこと。
ブログとかSNSで情報発信した方が良い。
考え方が今の時代より先行していてズレているし自分一人でそれはできない。
文字を書く仕事に転職しても、それで生きて行くだけのお金を稼ぐのは大変難しい。
それであれば、今の仕事をしながら情報発信をすることで、独特なアイデアが、権力者の目に留まり引き抜かれるかもしれない。そうしたらセミナーでもやればいい。注目されなかったらその程度。文字を書く仕事に転職を決めて一本で行くよりも二足のわらじで生きていくのもいいのではないか。
指導線は無いから、部下を持って指導する事は向かないし興味がない。
墓守線がくっきりあるため、長男と見抜かれた。墓を引き継いでいく役目がある。
手の赤みの部分から、腎臓、肝臓の弱りと高血圧に気をつけるようにと言われた。あとお酒にも。
手相を受けた感想としては、当たっていることばかりで、途中から正解のわかっている問題集をお互いに見ているような気分になった。
誰にでも当てはまるような事もあれば、断言的に言われて納得したところもあって、総じて的を得たアドバイスを頂けた。
利き手ではない方が生まれ持ったもの、利き手が今の自分と言われて、鑑定が終わってからも何度も自分の掌を見返してしまう。
この結果を間に受けて生きるかどうかは別として、先を見通して考える事は閉塞感を打破する良いきっかけとなった。
続いて、生年月日から占う算命学の結果
・私の性格
親しみやすい人。
人が集まるところで運気が良くなる。
負けず嫌いであり、常に目標を持っている。
とてもマイペース。人間関係は標準的で、オープンマインド。
→全て合っていると感じて腑に落ちた。
・今後1年で起こること
2019年仕事または住居の変化があり、自信回復する。
2月〜7月自分一人で問題に向き合う。自分が頑張る。1人で頑張る。
8月〜9月仕事復帰するならこの時期。
11月仕事で辛い思いをする。
2020年1月復帰、いい方向へ。
・今後の人生で起こること
2020年 私的充実する、異性注意
2021年 解決する
2022年〜 評価される
2025年 とても明るい
金運は58歳〜67歳が明るいとのこと
そのほか健康面のアドバイスや結婚生活のことなど色々話を聞いた。
ここまで細かく具体的に予想されると、今後の不安もなんとかなる気がしてきた。
チートして未来予想表を買ったようなものです。
しかしながら、よくよく考えてみると、古来占いというものは多くの人々の占いの結果が集約された統計学のようなもので、ここにもある種のアルゴリズムが存在するのかなと感じます。
このアルゴリズムを運命と言い換えるなら、それに則って生きるのか、争って生きるのか、または哲学して生きるのか。
私は哲学的観点から事象と自身を捉えつつ変化し、考えを発信していきます。
以上、30代になって俯瞰する視点を広げられたと言うお話でした。